英語の東西南北

英語のEast、West、South、Northには本来の東西南北の意味以外に、ある言葉を添えると特別な意味を持ってくる場合があります。

Back East

これはアメリカ西部の方と話しをしていると決まって出てくる英語表現です。アメリカではBack Eastと言いますと東部の州のことを言います。

私が初めてこの言葉を聞いたとき、アメリカ人に何故、BackをEastの前につけるのか?と聞いたことありますが、自分たちはもとは東から来たからという返事がありました。

一方、アメリカ東部の方はアメリカ西部のことをOut Westと言います。

North of

英語での商談で、金額の話をしているときにNorh of __というと___より上の金額という意味になります。

例えば、 The of cost of the material is a little north of $10,000 といえば,その材料のコストは$10,000より、少し上の金額である。という意味になります。

逆に少し少ない場合は The of cost of the material is a little south of $10,000 といえば、その材料のコストは$10,000より、少し下の金額である。という意味になります。

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Clear the air

clear the air 「誤解を取りのぞく」

Let’s clear the air between us first. 「まずは私達の間にある誤解を取り除きましょう」

ずいぶん前になりますが、このフレーズを最初に聞いたのは来日されたあるアメリカ人のパートナー企業の幹部の方からでした。

その会社との間ではある利害が対立する商談があり、それについての議論が始まった途端、気まずい空気が流れ始めた時、その方の口からこの言葉がでました。

日本人なら言いにくいことは言わずにすまそうとおもいますが、このアメリカ人幹部は非常に率直な方で、このフレーズを言った後、自分の考えをすべて説明し、私達にその理解で正しいか、そうでなければ私達の考えを言って欲しいと言いました。

その結果、両社の間ではお互いに誤解していたことが判明し、お互いのわだかまりがとれて、その後は終始なごやかな雰囲気で打ち合わせは終わりました。

会社、個人との間で誤解が生じている場合、お互い反対意見を正面きって言い合って物別れになることを恐れて言い出さないケースが結構あると思います。


結果的に解決に至らず終わってしまうこともあります。

ビジネスのいろいろな局面では当事者間、会社間で摩擦や、誤解が生じるのはよくあることですが、そんなとき、まずこの言葉を使ってお互い率直に話が始めることができれば素晴らしいと思います。

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世界の王室 Part 10 – トンガ王国

世界で10番目に王室の歴史が長いのはトンガ王国です。

トンガ王室は1845年に戴冠しました初代ジョージ・トゥポウ1世から始まりました。

今の国王は2015年7月4日に戴冠したこの写真のトゥプウ6世です。

トンガ国王の所在地をご存知でしようか?

トンガ王国は日本から約8,000km離れた南太平洋に位置しています。

このブログで最初から述べていました歴史のある王国は島国というストーリーに勿論、あてはまります。

トンガといえば今年初めに海底火山の噴火がありましたね。

噴火が起きた海底火山「フンガ・トンガ フンガ・ハアパイ」はトンガの首都ヌクアロファから北に65キロに位置します。

海底火山の噴火で被害を受けたトンガの国王ツポウ6世に対し、日本から天皇陛下は電報でお見舞いの気持ちを伝えました。陛下はこれまでにトンガを3度訪問しているそうです。

トンガ王室と日本の皇室は戦前から交流を続けてきました。

先の国王ジョージ・トゥポウ5世は大の親日家として知られています。小学校の教育課程にそろばんを導入したり、トンガから日本の角界へ力士を送り出すなど国をあげての親日国です。

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世界の王室 Part 9 – ベルギー

世界で9番目に王室の歴史が長いのはベルギーです。

ベルギーといえば、チョコレートとビールですね。

ベルギーの方のチョコレートに対する想いは並大抵ではないです。日本人と比べて、年間4倍の量を食べているそうです。お気に入りのチョコレート専門店を持っている人も多いそうです。

又、ベルギーの方は大変ビール好きです。ベルギーで飲まれているビールの7割はピルスナービールなのでベルギーのビールと思っている方もいるかもしれませんが、実はピルスナービールの起源はチェコです。

ベルギーは島国ではなく、オランダ、ドイツ、ルクセンブルク、フランスの4か国に囲まれた国です。

ベルギー国は1830年にオランダからの独立を宣言して、成立しました。ベルギー最初の国王はレオポルド1世です。

ベルギーは立憲君主国で君主はベルギー国王(King of Belgium)ではなくベルギー人の王(King of Belgians)と呼ばれています。

今の国王は第7代フィリップ国王で2013年7月21日に即位しました。

ベルギーは1991年に憲法を改正し、女性も王位を継承できるようになりました。

2001年に生まれたエリザベート王女が、ベルギー初の王位継承権を持つプリンセスです。エリザベート王女が予定通り国王になった時にはベルギー初の女王の誕生となります。

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世界の王室 Part 8 – オランダ

世界で8番目に王室の歴史が長いのはオランダです。

オランダ王室の話を始める前に一つ簡単な質問をさせて下さい。

サッカーを始めとするスポーツの国際試合ではHollandではなく、Netherlandsと呼ばれていますがそれは何故でしようか?

下の地図をご覧下さい。Hollandはオランダの12ある州のうち、首都アムステルダムを含む北海に面している北ホラント州とロッテルダムやライデン、ハーグを含む南ホラント州の2つを指す名前からきています。

首都アムステルダムのある北ホラントと南ホラントの2州の経済規模が1番大きいので、通称 Hollandが使われてきたのです。

しかし、オランダ政府は2020年1月1日付で、国名の通称である「Holland(ホラント)」の使用をやめて「the Netherlands(ザ・ネザーランズ)」へ公式に切り替えることを発表しました。国際社会でのオランダのイメージや観光客の流れを管理するためのものだそうです。

さて、本題のオランダ王室について、ご紹介します。

オラニエ=ナッサウ家が現在のオランダ王家のルーツですが、元はドイツ西部のライン地方を発祥とする諸侯の家系であるナッサウ家の支流だったそうです。

今のオランダ王国はウィレム=フレデリックがウィレムⅠ世として即位した1815年に端を発します。

今のオランダ国王ウィレム・アレクサンダーは第7代オランダ国王で、2013年4月30日に即位しました。

マクシマ王妃はアルゼンチンのブエノスアイレスで生まれたアルゼンチン人です。

1999年、アメリカニューヨークの銀行に勤務していたマクシマは友人主催のパーティーでウィレム王子と出会いました。

その後、2人の交際が公になり、オランダ国内で大きな議論を巻き起こしました。

マクシマの父が、過去に大量虐殺を引き起こしたアルゼンチンの独裁政権ビデラ政権の閣僚であったことが問題視されたのです。

結局、マクシマの父は大量虐殺には一切関与していないことがわかり、ウィレム王子と結婚できることになりました。

二人の間には3人の王女、アマリア王女、アレクシア王女、アリアーネ王女がいます。

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世界の王室 Part 7 – バーレーン

世界で7番目に王室の歴史が長いのはバーレーン王国です。

バーレーン王国は、このブログでご紹介しましたトップ3の長い歴史をもつ日本、デンマーク、英国と同様、島国です。

地図をご覧下さい。アラビア半島沿いに位置するペルシャ湾の40もの島々からなる島国で、日本の奄美大島とほぼ同じ大 きさです。

バーレーン最大の島は南北に48キロ、東西に16キロのバーレーン島で、首都マナマもここにありま す。

バーレーンは紀元前6千年頃までアラビア半島と陸続きだったそうですが、自然の力によって島として分離し たそうです。

バーレーン王国の始まりはカタールに定住していたウトバ族を率いたハリーファ家が1783年にバーレーンへ侵攻したところから始まります。

1783年から1971年まではバーレーンの君主はハキーム、1971年から2002年まではアミール(首長)と呼ばれていました。

2002年に君主のハマド・ビン・イーサ・アール・ハリーファが王制を始めて、自らを初代マリク(国王)となりました。

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世界の王室 Part 6 – タイ王国

世界で6番目に王室の歴史が長いのはタイ王国です。

1782年にラーマ1世から始まった王朝で、アジアの国中では日本とタイだけがTop 10に入っています。

現在のワチラロンコン国王は第10代、ラーマ10世です。

ワチラロンコン国王は4人兄妹の2番目で、姉が一人、妹が二人います。父親は国民から絶大なる信頼を得ていた前国王の故ラーマ9世、母はシリキット王妃。

唯一の男児だったので、王位継承権は必然的にワチラロンコン皇太子殿下へ。幼少期はバンコクで過ごしていましたが、その後はイギリス、オーストラリアで学生時代を過ごしました。

女性関係に少し難があり、現在66歳ですが、4回の結婚、3回の離婚を経験しています。

これは237年続く王朝を振り返って見ても珍しく、父ラーマ9世が国民に愛されるきちんとした人だっただけに、タイの国民からも心配されている様です。

ちなみに2016年10月に前国王のラーマ9世が亡くなり、王位継承を求められた時、ワチラロンコン皇太子殿下は、決意が固まるまで戴冠式は待って欲しいと言って、2年半の時を経て戴冠式を迎えたそうです。

この写真にあるのが2019年に4番目の王妃となったスティダー・ティトチャイさんです。元タイ航空のスチュワーデスで2010年からタイ陸軍に所属する軍人で、2014年より王室警護部隊の副司令官も務めているそうです。

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世界の王室 Part 5 – スウェーデン

世界で5番目に王室の歴史が長いのはスウェーデンです。

ノーベル賞の授賞式でメダルを授与するスウェーデン国王が属する現在の王室は1818年にはじまったベルナドッテ王朝です。

その開祖は、当時ヨーロッパの覇権を握っていたナポレオン・ボナパルト配下のベルナドッテ将軍です。

ホルシュタイン=ゴットルプ王朝のカール13世に世継ぎがいなかった為、ナポレオンの推薦もあって、カール・ヨハンと改名したベルナドッテ将軍がスウェーデン議会によって同国の王位継承者に選ばれました。

その後、1818年にカール14世ヨハン(兼ノルウェー王カール3世)としてスウェーデン=ノルウェー連合王国の王位につき、ベルナドッテ王朝が開かれました。

カール・ヨハンはフランスからスウェーデンへの圧力をはねかえすため、かつて属したフランスとの戦争を決意し、ライプチッヒ会戦でフランス軍を打ち破り、キール条約でノルウェーの割譲を受け、ノルウェーとの同君連合を実現するなどスウェーデンの強国化に非常に大きな功績がありました。

シルヴィア王妃は、1943年生まれで今年2022年で79歳、スウェーデン国王カール16世グスタフの王妃です。

シルヴィア王妃はドイツで生まれ、ブラジルで育ちました。

スウェーデン出身ではなかったため結婚に際し国民に受け入れられ難かったというエピソードがありますが、今ではスウェーデン語を流暢に話し、スウェーデン国民に広く愛されています。6ヶ国後を話し、手話もできるそうです。

1980年にスウェーデンは王位継承制度を変えました。

それまでは王位を継ぐのは日本同様、長男と法律で決まっていましたが、ジェンダーに関わらず長子が継ぐと改正しました。

今ではイギリス、ベルギーやオランダ、ノルウェーなど長子を優先にする王室は他にもありますが、スウェーデンはその中でも一番早かったそうです。

スウェーデンの歌手ABBAは世界的に大ヒットすることになったDancing Qeenをグスタフ国王、シルヴィア王妃の前で初めて披露しました。

これにより、スウェーデン中でABBAは広く認められ、今では世界的で知らない者はいないグループとなりました。

下の埋め込み動画をご視聴下さい。その時の映像がこれです。国王陛下の面前で歌うのでABBAも素晴らしい宮廷衣装を身にまとっています。最後にグスタフ国王とシルヴィア王妃に深々と一礼をしています。

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世界の王室 Part 4 – スペイン

世界で4番目に王室の歴史が長いのはスペインです。

スペインでは1931年に一度共和制が成立しましたが1975年に王制が復活しました。

国王はフランス王家の支流ブルボン家の直系です。

2014年には スペイン国王ファン・カルロス1世が退位、新国王フェリペ6世が46歳で即位しました。

実は私はフェリペ6世とスペインで遭遇したことがあります。

それは2018年にスペインのバルセロナで開催されていたモバイルワールドコングレスMWC2018という展示会の会場でした。

私は基本は自社のブース対応でずっと同じ場所に張り付いていたのですが、休み時間にたまたま展示会場を歩いていると、大きな人だかりがあり、何かな?と野次馬となって見に行ったら、なんとそのひとだかりの中心にスペイン国王フェリペ6世がいました。その展示会の視察でバルセロナを訪問されていた様です。

これがその時の写真です。この写真の中央右に群集の中で頭一つ出ている長身の方がフェリペ6世です。

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世界の王室 Part 3 – 英国

世界で3番目の長さを誇る王室を持っているのは英国です。

今のエリザベス女王は正確にはエリザベス2世Elizabeth the Secondといいます。

1926年4月21日、ヨーク公アルバート王子(後のジョージ6世)とエリザベス妃(後のエリザベス王妃)の間に長女として出生しました。

1952年2月6日、25歳の時に女王になられたので、今年2022年で在位70年となりました。

今の英王室は1066年フランスから上陸したノルマンディー公ウィリアムが創設したノルマン王国から始まりました。実は最初はフランスから来た王室なのです。

その為、英王室では当初フランス語が話されていました。

英語が使われ始めたのは1272年即位のエドワード1世の時代からです。

英王室は1688年名誉革命で絶対王政からいち早く「君臨すれども統治せず」の近代的立憲君主制へと移行しました。これは日本もそうですね。

英国の女王は、英連邦王国に属するすべての国の国家元首も兼ねています。

英連邦王国に属するのは次の国々です。これの国々はコモンウェルスCommon Wealthと呼ばれています。

英国、カナダ、オーストラリア、ニュージーランド、ジャマイカ、バルバドス、バハマ、グレナダ、パプアニューギニア、ソロモン諸島、ツバル、セントビンセント・グレナディーン

イギリス国王はコモンウェルス諸国の自由な結合の象徴です。

イギリス国王はコモンウェルス諸国において、首長という特別の地位がありますが、首長は元首ではなく、自由な結合の象徴です。

私はカナダに住んでいたことがありますが、これら英連邦の国々のお札にはエリザベス女王の顔写真が印刷されています。

又、学校にはエリザベス女王の顔写真の入った額が飾られていました。

イギリス王室のメンバーへの呼称は決まっていて次の通りです。

His Majesty – 男王

Her Majesty – 女王、男王の妻

His Royal Highness – 王子、国王の息子、国王の息子の息子、ウェールズ公の長男の長男

Her Royal Highness – 王女、国王の娘、国王の息子の娘、王子の妃

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