三権分立を考える

今日は英語とは別の話をさせて頂きますがご容赦下さい。

もう1か月も前のニュースですが、カナダのトルドー首相が中国からの華為幹部の釈放要求を拒絶しました。

トルドー首相は中国におけるカナダ人2人の拘束と、カナダにおける中国企業幹部の逮捕を中国側が結び付けて考えていることは、中国が独立した司法の意味を理解していないことを意味すると述べて、中国を批判しました。

トルドー首相は中国は三権分立を理解していないと言った訳です。

このことがしばらく私の頭から離れず、それをきっかけにわたしは三権分立について改めて考えてみました。

三権分立は皆さん中学でフランスの哲学者モンテスキューが考えた思想として学びますね。

そしてそれは民主主義の国では当たり前のことと思っているかもしれませんが、実は中国では採用されていません。

調べてみるとロシアでは三権分立が導入されていますので、社会主義の国全てが導入していない訳ではありません。

更によく調べて見ると中国では三権分立は必要ないという論文まで中国で発行されていました。それによると西側諸国では三権分立は機能していないと主張しています。

アメリカでは弾劾裁判で大統領が罪を問われ過去にクリントン大統領、トランプ大統領を含む3人の大統領の弾劾裁判が行われ、いずれも無罪となっていますが、司法が大統領を裁く仕組みがあります。

日本でも過去に田中首相を始めとして首相が司法に裁かれるというケースがありました。

それが十分にうまく機能しているかどうかは別として、司法が行政を裁く仕組みはある訳です。一方、中国では司法が独立していないというのは私にとっては驚きでした。

今まで私達が当たり前と思っていることは、ある国では当たり前ではないと改めて認識する必要があると思います。

カテゴリー: 未分類 パーマリンク

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です